フォーク界の伝説は、アメリカを走って横断した鉄人。高石ともや「年忘れコンサート2018」 

フォーク界の伝説は、アメリカを走って横断した鉄人。高石ともや「年忘れコンサート2018」 

高石ともやさんをご存知ですか?関西フォーク、いや日本フォーク界のレジェンドで、しかも77歳、喜寿の現在も精力的に活動されています。

今日は、2018年12月29日(土)に 、大阪のサンケイホールブリーゼで開催された、高石ともやさんのコンサートのレポートを書きます。

高石ともやさんのヒット曲、受験生ブルースが流行ったのは50年前、私は7歳。兄の影響で歌をかろうじて知っている程度でした。

接点があったのは、2004年に揖斐川マラソンに参加した時でした。大会前、広場のステージで、黒人のパーカッションと二人でのミニコンサート。演者も観客も立ったままで、走る準備に忙しいランナー達は、遠巻きに聴いているといった感じ。

私もステージの前を横切り、スタート地点の方向へ急いで通り過ぎようとしました。その時、

 

♬ 陽気にゆこう、どんな時でも、陽気にゆこう。苦しいことはわかってるのさ、さあ、陽気にゆこう。

 

会場の重苦しい雰囲気を吹き飛ばすように楽しく歌う、彼の声と歌詞が、私の心をとらえました。立ち尽くし、なぜか涙があふれました。走り始めて4年目、フルマラソンを走るのを苦しいと感じていた時期だったせいかもしれません。

 

それがきっかけで、高石ともやさんの走歴を調べてみてびっくりしました。

30歳で走り始め、38歳で当時の京都マラソン2時間45分7秒。
40歳で第1回皆生トライアスロン優勝。
52歳でトランスアメリカフットレース(ロス-ニューヨーク)4,700㎞。
67歳でサロマ湖100㎞ウルトラマラソンを11時間53分。

すごいおやじです! 私も同じ年に参加していましたが、当時47歳で12時間36分でした。

 

トランスアメリカフットレース ロス ニューヨーク 
1993年 アメリカ横断マラソン
誰がつけたかそのあだ名、登りの名人”アップ・ヒル・トミー”
(画像出典:高石ともや公式HP http://www.tees.ne.jp/~isawada/takaishi-tomoya-run.html

その後、毎年、年忘れコンサートへ足を運ぶようになりました。ホノルルマラソンの報告は恒例になっています。6年前脊柱管狭窄症の手術をされているので、完歩にはなるそうですが、今年で42回連続出場され、8時間28分でゴールされています。

高石ともや サロマ湖 ウルトラマラソン 応援
2012年 サロマ湖100kmウルトラマラソンにて。
70km地点の私設エイド前で、延々と唄い続け、ランナーを応援。

今回のコンサートは、喜寿(77歳)の祝い唄ということで、生きていることの素敵さを扱った歌が多く、心にしみわたりました。そして、人生の岐路に立たされた時、いつも誰かに支えられていたことを、再確認しました。

高石さんにとって今年で43回目の年忘れコンサート。私にとっても、くる年の走る力をプレゼントしてもらえる年越しの行事になりました。

コンサート終了直後から、出口のところでサイン会がおこなわれます。私が座席から出口に向かうときには、 いつも、もうすでに始まっています。改めてタフさに驚きます。

 

高石ともや コンサート サイン会

高石ともやさんに興味を持たれた方は公式HPをご覧になってみてくださいね。 

高石ともや公式HP
http://www.tees.ne.jp/~isawada/index.html