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久慈街道 地図 青森13-1

青森県八戸市と岩手県久慈市を結びます。 江戸時代、八戸藩の重要な街道の一つで、この道を通って八戸港に運ばれた雑穀や木材などが、さらに船で江戸や大坂などの都市に輸送されました。 寛政2年(1790年) 、高山彦九郎がこの街道を通行した際に、天明の大飢饉を見聞して(北行)日記に書き残しています。  

上り街道 地図 青森12-1

八戸街道とも呼ばれ、八戸城の城下町と奥州街道の福岡宿(岩手県二戸市)を繋ぐ街道です。 現在でも八戸街道沿いには随所に当時の街道の遺構が残され、特に一里塚は原型を留めているものが多く、当時の交通施設の遺構として貴重な存在とされています。  

鹿角街道 地図 青森11-1

南部盛岡藩領内の基幹道である奥州道中の脇街道で、江戸時代に南部盛岡藩によって整備されました。 岩手県盛岡市から岩手県八幡平市を経て、秋田県鹿角市、大館市に至る道路で、ルートの大部分は今でも国道二八二号線として利用されています。 流霞道(りゅうかどう、ながれしぐれみち)とも言われ、当時は、塩や穀物のほか、金のちに銅などの鉱物資源を、盛岡や江戸へ運搬するなど、人々の交流や物資の流通に大きな役割を果たし […]

奥州街道 地図 青森10-1

江戸時代に整備された五街道の一つで、正式には奥州道中といいます。 道中奉行の管轄では、江戸日本橋を起点として千住から陸奥白川(福島県白河市)までの27宿、そのうち宇都宮(栃木県宇都宮市)までは日光街道を通り17宿を共有します。 その先は、幕府ではなく各藩が管理していた脇往還と呼ばれる街道で、仙台道、松前道と呼ばれました。 しかししだいに民間では白河以北の部分も奥州街道の名で呼ばれるようになり、現在 […]

百沢街道 地図 青森6-1

百沢街道は弘前藩の藩主津軽家の居城である弘前城の城下町と祈願所である岩木山神社を結ぶ街道です。 百沢街道の両側には元禄年間(1688~1704年)からアカマツとアイグロマツなどが植樹され格式ある街道へと整備が行われ、江戸時代後期に編纂された弘前藩の刑法典である「要記秘鑑」の文化6年(1809)の条に百沢街道の植栽と松並木育成策についての記載があり、篤く保護されていた事が窺えます。 百沢街道の松並木 […]

西浜街道 地図 青森5-1

西浜街道は、中世以来の幹線道路としての十三街道と鰺ヶ沢で結びついており、弘前から鰺ヶ沢湊、深浦湊、大間越口を経て隣国秋田領へ通じる重要街道でした。 藩政時代の初期には弘前藩、松前藩が参勤交代の通路として使用したほか、幕府の巡見使も通過しています。 藩の御用湊としての深浦、鰺ヶ沢はこの西浜街道により、弘前と結ばれ北前船交易による物資の移出入街道として利用されたが、寛文5年(1665年)以降は碇ヶ関口 […]

松前街道 地図 青森4-1

津軽半島東部の青森市から龍飛崎に至るルートです。 ルートの大半を占める国道280号は、藩政時代に北海道の松前藩主が参勤交代で通ったことから通称「松前街道」と呼ばれており、街道沿いには歴史資源や伝統芸能が今も随所に残されています。 江戸時代、防風・防砂の目的で植えられた約1kmの黒松並木( 樹齢300年 )が当時の風情を感じさせてくれます。  

十三街道 地図 青森8-1

弘前市石渡から青女子-野木-桑野木田-木造 -菰槌-牛潟-十三湖を経て小泊に至る街道です。 十三湖は南北7km、東西5km、周囲31.4kmと、青森県で3番目に大きな湖で、十三の河川が流れ込むので十三湖と言われています。